大村智先生と、取材した高校生記者

熱帯感染症の特効薬「イベルメクチン」の開発に貢献し、2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生が3月、出身地の山梨県の高校生に向けて講演した。高校・大学時代に打ち込んだスキーで得た「人まねはしない」という信念を持って研究に取り組んだ歩みを振り返り、「思いやりを大切に」と呼び掛けた。(文・安永美穂、写真・野村麻里子)

スキーで培った信念

大村先生は山梨県の農家に生まれた。「祖母からはいつも『人の役に立つことをしなさい』と言われて育ちました」

 高校・大学時代はスキーのクロスカントリーに打ち込んだ。全国大会で北海道の選手にはどうしても勝てず、初めは北海道の選手に技術を教わっていた。しかし、大学時代のスキーの先生から「人まねでは人を超えられない」と言われてハッとする。

 「自分で技術を研究して、独自のやり方を考えることが大切だと気づいたわけです。スキーで培った『人まねはしない』という信念は、研究者になってからもずっと持ち続けました」

 大学卒業後は、東京都立墨田工業高校の夜間部の教師になる。「生徒たちは、昼間は工場などで働いていますから、油がついたままの手で試験を受けにくるんですね。その姿を見て、スキーばかりして勉強は二の次だった自分の学生時代を大いに反省し、学び直そうと決意しました」。昼は大学院で学び、夜は教師として働きながら、化学の研究者になる道を目指した。

あえて未開発の道を選ぶ

29歳で北里研究所に入ると、「研究者としてのスタートが遅い自分が、人と同じことをしていては駄目だ」と考え、毎朝6時に出勤して研究に没頭した。

 米国への研究留学後、大村先生は、あえて動物用の薬の研究に取り組む。「人間用の薬は、既に多くの人が開発していました。それなら、まだあまり開発が進んでいない動物用の薬の研究をすればチャンスがあるかもしれない。ここでも『人まねはしない』の信念を貫いたわけです」

 土の中の微生物が作り出す物質の働きの研究を始めると、外出先でも土を採取できるように、スプーンとビニール袋を常に持ち歩いた。

 1974年、静岡県のゴルフ場近くで採取した土の中にいる微生物を詳しく調べると、細菌の一種である放線菌の中に、寄生虫を殺す働きを持つ物質が含まれていることを発見。米国の製薬会社と共同で、牛などの家畜を寄生虫による病気から守る抗生物質「エバーメクチン」の開発につなげた。

 その後、エバーメクチンは失明の恐れもあるオンコセルカ症(河川盲目症)など人間の病気にも効くことが判明。「イベルメクチン」の開発につながった。

思いやりを大切に

研究者仲間をホームパーティーでもてなすなど、「一期一会」の精神を大切にしてきた大村先生。「人の思いをくむことが共同研究では大事。孔子は『論語』の中で、人生で一番大切なことは〝恕(じょ)〟すなわち〝思いやりの心〟であると述べています。皆さんは良い習慣を身につけるとともに、思いやりの心を大切にしてください」と高校生にメッセージを送った。

  おおむら・さとし 1935年、山梨県生まれ。山梨県立韮崎高校卒。山梨大学学芸学部を卒業後、都立墨田工業高校の教諭となる。東京理科大学大学院の修士課程を修了。65年、北里研究所に入所。薬学博士号(東京大学)と理学博士号(東京理科大学)を取得。米国ウエスレーヤン大学客員教授を経て、75年から北里大学薬学部教授。北里研究所所長を長く務め、2013年から北里大学特別栄誉教授。これまでに約500種の新たな化合物を発見し、そのうちの26種が医薬や動物薬、農薬などとして世界中で使われている。自らが中心となり設立した、科学を志す人材の育成などを行う山梨科学アカデミーの名誉会長も務める。

 イベルメクチン
 人の体に入った寄生虫の幼虫を殺す薬。年1回飲むだけでオンコセルカ症のほか、下半身が腫れるリンパ系フィラリア症などにも効果がある。年間2億5千万人以上の人々に無償で供与されている。かつてはアフリカや中南米を中心に世界で年間約1800万人がオンコセルカ症に感染し、失明者と視覚障害者が合わせて77万人いたといわれている。この薬により、リンパ系フィラリア症は2020年、オンコセルカ症は25年には撲滅される見通しという。

失敗は宝、挑戦することが大切

講演後、高校生記者が大村先生にインタビューした。( 聞き手・前田黎、矢﨑雅菜、山本)

 ―研究で苦労した時、どう乗り越えたのですか。

 原因は何かを考えることですね。思った通りうまくいかないときこそが勝負どころです。うまくいかない原因を考えて知恵を出せば、新たな発見に結びつくわけですから。失敗は宝。挑戦することが大切です。

 ―研究者を目指す高校生に伝えたいことはありますか。

  学校で教わることを頭に入れるだけでは駄目で、自分自身で物事を考えてほしいですね。「これは何だろう?」という好奇心を大切にしてください。

 ―進路に悩む高校生へのメッセージをお願いします。

  学問は一つのことに取り組んでいるうちに、さまざまな分野とつながっていきます。一つの道を選んだら、それしかできないというわけではないので、やりたいことが見つからない人は自分がどういうことで世の中の役に立ちたいかを考えて、差し当たっての進路を決めてみてはどうでしょうか。興味を持ったことを自分で調べていくと、目指すものが見えてくると思います。